各委員の慎重な討議の結果、次のような前提で存続することに定めた。
核兵器問題も未だ、最終的な決定をみず、国連の活動が益々重大になった今日、七人委員会が不偏不党な人道主義の立場に立って活動することは、今日なお、大いに必要であると思われるが、今までの活動がアピールを出すことにかたよりすぎたので、今後これを改めて、各委員が互いに隔意なく話しあうことに重点をおき、アピールの発表は十分な討議の後、黙視し得ずと思われる時にのみ、全員一致で出すことにする。
1960年4月3日
世界平和アピール七人委員会
各委員の慎重な討議の結果、次のような前提で存続することに定めた。
核兵器問題も未だ、最終的な決定をみず、国連の活動が益々重大になった今日、七人委員会が不偏不党な人道主義の立場に立って活動することは、今日なお、大いに必要であると思われるが、今までの活動がアピールを出すことにかたよりすぎたので、今後これを改めて、各委員が互いに隔意なく話しあうことに重点をおき、アピールの発表は十分な討議の後、黙視し得ずと思われる時にのみ、全員一致で出すことにする。
1960年4月3日
世界平和アピール七人委員会
自然科学の発達がついに核兵器ならびに大陸間弾道兵器をもたらし、人工衛星からさら北人工惑星の打上げにも成功するにいたった今日、米ソ両国が依然として国家本位の対立抗争を続けつつあるのはなげかわしいことである。
いまこそ国連は核兵器による世界平和への脅威を除去し、人類社会の不安を払拭するために共存平和の原則に立つ世界新秩序の樹立に関する方策を講ずべきである。それはやがて平和連邦政府実現への道をひらくこととなろう。日本は原子兵器の被害国として、
また戦争放棄の平和憲法を保持している唯一の国として、この趣旨の世界平和日本宣言を発し世界平和を希求する日本の自主的基本方針を宣明するとともに、国連が速やかにその具体的措置を講ずるよう要請すべきである。われらは、日本国会ならびに政府に対し直ちにこれを実施するよう勧告する。
1959年1月26日
世界平和アピール七人委員会
◇米大統領へ
核実験停止は全人類の念願であり世論です。ソ連がすでに核実験停止の宣言をしているにもかかわらず、貴国がなお実験停止の態度を表明されないならば遺憾にたえません。われら七人委員会はこの際、貴下が核兵器に関する国際管理、査察制度、製造禁止、貯蔵廃棄などならびに一般軍縮の問題を国際連合の協議と措置に委ね、即時核実験の停止を宣言し実行せられるよう勧告します。
◇国連事務総長へ
国際連合は、速やかに臨時総会を開き、核実験を継続する国に対して即時停止の勧告をするとともに、核兵器に関する国際管理、査察制度、製造禁止、貯蔵廃棄などならびに一般軍縮の問題を協議し、国際機構において必要なる措置を講ぜられるよう勧告します。
(1958年4月18日付毎日新聞)
ジュネーブで開かれている海洋法国際会議は国際関係の基本的問題にふれ、世界平和秩序保持の上から無視し得ない重要性を持っているので国連に対し次の三項を勧告する。
一、公海は人類共有の理念に立ち、公海自由の原則を貫いて全人類に開放する。
一、公海を一方的に制限し、かつ人類の生命と将来に重大な危険と災害をもたらす核実験は違法であることを宣言する。
一、領土、領海、領空の範囲に関しては、一国の恣意的措置は許さるべきでなく、また少数国群の条約関係に放置さるべきではなく、国際連合において全人類の安全と福祉のため、基本的かつ総合的な立場から協議し、決定する。
1958年3月27日
世界平和アピール七人委員会
悪化しつつある世界情勢にかんがみ、私たちはつぎのような諸勧告に基づいて、全世界の平和と秩序を維持する必要な手段を国際連合がとるよう、ここに提案します。
一、国際連合は、アメリカ合衆国とソビエト・ロシア間の首脳会談を取り決め、核兵器の実験と使用を禁止し、そのうえに全面的軍縮を図らせるため、積極的役割を演ずべきである。
二、国際連合は、ともに世界の調和を乱すおそれのある北大西洋条約機構、東南アジア条約機構とソビエト・ブロックの相互協力機構などであるワルシャワ条約機構を、国連機構内に統合するよう努力すべきである。
三、国際連合は、極地その他の地域、いかなる国にも属していないような空間を、人類共同の資産であるという原則を打ち樹てるべきである。これを管理するために、国際連合は、その機構内に適当な組織をつくるべきである。
四、国際連合は、その加盟国の政府代表だけでなく、正当に選挙された人民の代表が、国連総会内に座を占めることを許すべきである。国際連合は、さらに国連総会を真の世界議会たらしめ、最終的には国連を改組して世界連邦とするよう努力すべきである。
1958年1月15日
世界平和アピール七人委員会
われら世界平和アピール七人委員会は、これまで繰り返し核爆発実験の中止について米英ソ三国に要請し、その国際協定成立の措置を講ずるよう国際連合にも勧告してきたが、これは平和な生活を営みつつある世界の民衆に予測しえない惨害をもたらす可能性をはらんでいるからであり、さらにはこのような核兵器による国際間の勢力均衡ということが、一歩誤れば全人類を破滅に陥れる危険をもっていると確信するからである。
このとき核爆発実験による危害に対する世界科学者会議がカナダで開催され、世界各国からの権威ある学者たちが、それぞれ科学的調査資料を持ちよって一堂に会し、それを基礎として人道と良識の立場から自由に討議し、人類の真剣な反省に資することは意義大なるものがある。
こうして世界の科学者が崇高な目的のために団結し、人類の平和と幸福のために奉仕しようとの尊い使命に進む決意と実践を示されたことに心からの祝意と感謝をささげ、将来への力づよい発展を期待して会議の成功を祈る。
(1957年7月4日付毎日新聞)
われら世界平和アピール七人委員会はこれまで英、米、ソ三国に対して水爆実験中止の要請をしてきた。それは、水爆実験は平和な生活を営む世界の民衆に予測できない惨害をもたらす可能性をはらんでいるからであり、またこのような核兵器による国際間の勢力均衡が、一歩誤まれば全人類を破滅に陥れる危険をもっていると確信するからである。われらはこの際、国連が世界の世論と権威ある科学者たちの警告にかんがみ、いずれの国による水爆実験にせよ、それを禁止する協定を成立させるよう急速な措置を講ぜられることを勧告する。
(1957年3月15日付毎日新聞)
われら世界平和アピール七人委員会は貴国政府が日本の悲惨な原水爆経験に思いをいたされるよう望みます。
一九五四年太平洋ビキニ島における米国の水爆実験は一日本人漁夫を死にいたらしめ、多くの病者を出し、各地に被害をもたらしました。また南洋群島の住民は多くの死者や病者を出したことについて米国に抗議しました。さらにその放射能の悪影響が遠くインドから本国にまで及んだことが記録されています。水爆実験の被害は時間的にも空間的にも限定されません。広島、長崎に投下された原爆が今日にいたるまでの十二年間、毎年原爆症による死亡者を出しています。水爆実験が一国及び特定地域のみに被害を及ぼすものでなく、地球上全人類の生存に予測し得ない被害を及ぼすことは世界の権威ある学者のひとしく警告するところです。
英政府が来月予定の太平洋クリスマス島の水爆実験を施行されるならば、それはこれらの厳粛な事実と穐威ある学者の衛告を無脱し、↑阻Wの阻論を昭みにドるものであり,英国の伝統的精神にも背くものであり、非人道的な野蛮行為といわざるを得ません。われらは全人類のためにおそるべき危険な水爆実験をやめられるよう切望します。
(1957年2月24日付毎日新聞)
一、英・仏のエジプトに対する武力発動に抗議し撒兵を訴える。
◇イーデン英首相、モレ仏首相に対する勧告
貴国がわれわれの勧告を無視してエジプト領内に武力発動した行為は遺憾です。この際、貴下の良識ある決意をもって世界平和秩序に寄与されんため速やかに撒兵の実をあげるよう切望します。
二、ソ連のハンガリーに対する武力行使に抗議し撒兵を訴える。
◇ブルガーニン首相に対する勧告
われわれの勧告を無視し、国連の議をまたずしてあえて武力手段に訴えた英・仏の態度も遺憾ですが、貴国のハンガリーへの行動は人道と平和の原則に照らして決して許容さるべきことではないと思います。この際貴下の良識ある決意をもって速やかにハンガリーより撒兵を宣言し、国連総会の決議にしたがうの原則を堅持されんことを切望します。
三、国連の紛争解決機能の欠陥を指摘し、平和的解決を訴える。
◇ワンワイタヤコーン国連総会議長とハマーショルド事務総長に対する勧告
今回の紛争を事前に避けられなかったのは国連組織の機能の上に欠陥があり、今後あくまで平和的解決の原則をつらぬいて欲しい。
(1956年11月22日付毎日新聞)
水爆実験によって放出される放射能は、人々の健康に不測の被害を及ぼし、人類の生命に危険であるばかりでなく、その遺伝的悪影響について今日世界のいかなる権威者といえども未だはっきりした結果をいうことができない現状において、水爆実験はいかなる国によってもまたいかなる地域においても、絶対に行われてはならないものと思惟いたします。もしも貴国政府が、今日の人類の不安と世界の世論を無視し、太平洋水域におけるこの四月の水爆実験を強行されるならば、それはまさに神を無視し、敢て全人類に挑戦する行為といわれてもしかたありますまい。
わたくしたちは、最近の貴国政府の日本政府に対する回答に大いなる不安を感じているものであり、幸いに貴下の聡明なるご裁断によって水爆実験を中止し、さらに進んで原水爆の使用実験を禁止する国際協定の締結に尽力されるよう、貴下の崇高なる人類愛に信頼してあえてここに勧告いたします。
1956年4月3日
アイゼンハワー米大統領殿