今月のことば

2016/09/09

憲法こそ抑止力

池辺晋一郎

 「世田谷・九条の会ニュース」(2016年4月発行)に、1936年生まれの区内在住の方が寄稿している──43年に国民学校に入学した。教育の目的は皇国民の錬成で、男子の卒業生には直後に兵士になる道が用意されていた。45年4月からは学徒動員が行われ、教育は放棄された。敗戦後、突然先生たちの言うことが変わった。アメリカは素晴らしい国で、日本はとんでもなく悪い国だ、と。ラジオも新聞も180度変わった。この時から「大人は信用できない」と思い定め、大事なことは自分で考え、判断することに決め、そのように生きてきた。そのなかで嬉しかったのは「これからは学校も民主主義になる」ということ。子どもの意見を授業や学校行事に生かそうとしてくれたこと。そして「もう戦争はないんだ」ということだった──
 戦争を知らない政治家が政治を牛耳っている、とこの4月に99歳で亡くなった評論家・秋山ちえ子さんが嘆いていたが、まさにその通りだ。集団的自衛権行使を標榜し、戦争ができる国にしようとしている現下の為政者たちの言い分はこうだ──戦争放棄と言ったって、今の世界を見渡せば暗雲がたちこめている。相手が仕掛けてきたらどうするんだ?
 もし戦争当事者になったとしても、世界には当事国以外の国が常に100以上ある。どちらの言い分が正しいかを、それらの国々が判断してくれる。すなわち国際的信義によって守られる。これは憲法前文に書いてある、とノーベル物理学賞受賞者である益川敏英さんは言う。
 「抑止力」という考えかたは前世紀のものだ。現職のアメリカ大統領として初めて広島を訪れたオバマ氏は、核兵器のない世界を目指そうとかねてから発言しているが、いつの日かそれが実現しなければ、人類が滅亡に至ることは必至なのだ。そういう中にあって、戦争を、軍備を放棄している日本の憲法は、普遍的な抑止力をまさに示していると言わなければならない。
 戦争の悲惨さを真剣に想い、日本の憲法を「絵に描いた平和」ではなく、現実の強固な「抑止力」として堅持し、世界により強く発信することこそが今最も大切なことだ、と考えるのである。