今月のことば

2016/08/01

陸上自衛隊のエンブレム

池内 了

 皆さんは、陸上自衛隊が新たに採用したエンブレムのデザインをご存じだろうか?陸上自衛隊は、これまで人に見立てた日本列島を手のひらで包むシンボルマークを使っていたのだが、今回初めてエンブレムを公式採用したのだ。実は私も知らずにいたのだが、友人から注意されて慌ててインターネットで調べた次第である(インターネットで「陸上自衛隊、エンブレム」http://www.mod.go.jp/gsdf/about/emblem/で検索されればすぐに出てくるから、まずご覧あれ)。
 東京オリンピックのエンブレム騒ぎで知られるようになったが、エンブレムとは団体やイベントの実体や目的を象徴的に表現したもので、それを見ればどこの集団が何を表しているかがわかるよう工夫されている。ロゴマークのようなものだが、歴史的な由緒があることも多い。制服やセーターにつける学校の紋章、洋服の襟につける会社のバッジ、キリスト教の十字架やイスラム教の三日月や仏教の卍の図像が思い出されるが、いずれもそこに集団や催しの精神的目標のようなものが隠喩されていることが多い。また、それに関連する人々の結束を図るとともに、見る人にある種の尊崇の念を覚えさせることもエンブレムが持つ役割かもしれない。
 と気楽に考えていたのだが、陸上自衛隊が5月末に新たに作成したというエンブレムを見て一瞬ぎょっとした。ご覧になればわかる通り、まず目につくのは抜き身の日本刀とその鞘がクロスして真ん中に置かれており、それが日の丸を支えているデザインとなっているからだ。露骨に日本刀で象徴される武力で日本を支えるとの意図が明確に読み取れるのである。その日本刀が抜き身となっていることは、常に臨戦体制にあることを意味しており、日本が軍事国家であることを内外に宣言しているかのようである。実際、「エンブレムの概要」には陸上自衛隊が「国土防衛の最後の砦」であると書かれている。
 デザインの下の方を見れば「桜星」(桜の花びらが五角形の星マークになっている)があって、雉の翼(羽を都道府県の数の47枚並べている)は「焼け野の雉、夜の鶴」という諺(野を焼かれた雉は、我が身を忘れて子を救う)に因むらしい。復古調極まりない。全般に明治以来の古びた軍国意識が感じられることは否めず、陸上自衛隊は帝国陸軍として復活したかの感がある。
 陸上自衛隊の隊員はこのエンブレムの徽章を制服の襟につけるのだが、血塗られた日本刀は南京虐殺の蛮行を思い起こさせ、日本が先のアジア太平洋戦争で犯した戦争犯罪について何ら反省していないどころか、むしろ誇るかのようで、恥ずかしいとしか言いようがない。
 そう思って防衛装備庁のロゴマークを調べると、地球をぐるりと取り巻く輪が3本引かれ、一番上に戦闘機、真ん中に戦車、一番下に軍艦を思わせるイラストが描かれている。これも世界に雄飛する「空陸海の日本の三軍」というイメージが想起され、防衛省が安倍路線に乗って憲法改悪を先取りしていることがよくわかる。
 たかがエンブレムと言うなかれ、それによって人々に醸成される軍事化は当然という感覚が恐いのである。