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2015 118J 武力によらない平和の実現を目指して
―世界平和アピール七人委員会創立60年に際して―

2015年12月20日
アピール WP7 No. 118J
2015年12月20日
世界平和アピール七人委員会
武者小路公秀 土山秀夫 大石芳野 小沼通二 池内了 池辺晋一郎 髙村薫

 世界平和アピール七人委員会は、下中弥三郎 植村環 茅誠司 上代たの 平塚らいてう 前田多門 湯川秀樹の7名によって60年前の1955年11月11日に結成され、この日に「国連第10回総会に向けてのアピール」を発表し、国連と各国首脳に送付した。これは、その4か月前の7月9日に湯川も参加して発表されたラッセル・アインシュタイン宣言を受け止め、国家を単位とする国連を超えた世界秩序の実現に向けて国連改革・発展を呼びかけるものであった。
 それ以来、委員を務めた者は31名を数え、人道主義と平和主義に基づき不偏不党の立場から、世界の一人ひとりが恐怖と欠乏なく平和に生存できる社会の実現を目指して発表してきた国内外へのアピールは118件に及び、2004年以降は毎年国内各地で講演会を開催してきた。私たちのこれまでの主張には、今日でも繰り返したい内容が積み上げられている。

 今日、世界は安定を欠き、中東では、ヨーロッパ諸国による植民地支配の残渣が解消されることなく、長年の被圧迫者の不満が噴出し、関係者の利害が錯綜している。その中で大国による紛争地域への利己的な武器供与を含む行動が続き、国家と非国家によるもつれあいの破壊活動が相次いで、世界各地に恐怖と憎悪が広がっている。報復の連鎖は、恐怖と無関係に生きることができる安全・平和な世界につながる道ではない。一方、東アジアでは、日本の戦争責任について、いまなお共通の歴史認識をもつに至らず、冷戦の終結は遅れたままで、国家間の真摯な対話が成り立っていない。
 しかし、世界は時代と共に次々に変革を重ねてきたのであって、現在の不安定な状況が、いつまでも継続することはありえないと考える。変化の兆しを見逃すことなくとらえるためには、歴史を踏まえて、未来を見通していかなければならない。

 第二次世界大戦から70年経過した今日、日本では、国民に誠実に説明して納得を求めることなく、日本国憲法も国会も無視し、主権者の国民の意向と無関係に、まず外国への約束を重ねて既成事実をつくる政治が強行されるという異常事態が続いている。
 世界の中で、日本と日本人は、日本国憲法、そして国連憲章の基本理念である“国際紛争を平和的手段によって解決する”姿勢を堅持すべきであって、特定国への過度の依存と癒着を解消し、自立することが必要である。日本は“武力による威嚇または武力行使”を放棄し、交戦権を認めていないのだから、全世界から信頼される道を歩み、恐怖のない安全な世界の樹立に向けて主導的に貢献するために有利な立場に立っているはずである。そのためにも日本は、人口激減が進行する中で本来実現不可能な軍備増強、外交軽視路線を続けることを速やかに転換すべきである。
 日本は、近隣諸国との間で、科学技術、教育、文化、スポーツ、経済などの協力・交流を強め、相互理解を増進することを積極的に進めて、政治の世界における不信関係、敵対関係を速やかに解消させるために貢献することが必要である。国民の多数が自ら考え続け、発言し、行動していけば、アジアの平和は実現できると私たちは信じている。

 戦争は最大の環境破壊であり、いかなる戦争も非人道的である。安心して平和の中で生きていける世界は現実の目標であるが、願望だけでは実現できない。私たち一人ひとりが具体的に一歩ずつ歩みを進め、できるところから基盤を拡大していくべきである。
 我々七人委員会は、創立60年の機会に、武力に依存しない平和な世界の実現を目指してこれからも努力を続けていくことをあらためて宣言する。

PDFアピール文→ 118j.pdf

アピール「武力によらない平和の実現を目指して ―世界平和アピール七人委員会創立60年に際して―」を発表

2015年12月20日

世界平和アピール七人委員会は、2015年12月20日、「武力によらない平和の実現を目指して ―世界平和アピール七人委員会創立60年に際して―」と題するアピールを発表しました。

アピール「武力によらない平和の実現を目指して ―世界平和アピール七人委員会創立60年に際して―」

今月のことばNo.20

2015年12月19日

今、メディアに求めたいこと

土山 秀夫

 2015年9月19日未明の国会において、集団的自衛権行使容認を含む安全保障関連法が成立した。毎日新聞によるその後の世論調査(10月7,8日に実施)では、「安保関連法を評価しない」とする人は57%にも上り、それ以前の批判的な世論傾向は少しも変わっていない。
 にもかかわらず、安保関連法成立後のメディアの世界では、奇妙に共通した現象が見られるようになった。政府の御用新聞かと疑われる産経、読売の両紙にあっては、希望が達成できたのだから当然だったに違いない。だがそれ以外の各紙、中でも筆法鋭く法案の危険性を指摘し、問題点を追及してきた毎日、朝日、東京を始め、多くの地方紙までもがパタリと安保関連法に関する記事を掲載しなくなったことだ。
 関連法が成立してしまったのだからあれこれ言っても仕方がない、或いは民意の試金石と見なされる来年夏の参議院選挙前にキャンペーンを張ればいい、あまりいつまでも批判を続ければ、読者がうんざりして購読者数に響きはしないか、などといった思惑が社の幹部に働いた結果ではないかと考えられる。そうした点は筆者としても分からないではない。
 しかし、である。今だからこそ、安保関連法が日本の今後の命運を決定的に歪め、先の大戦で得たはずの教訓を台無しにしかねないことを、メディアは警鐘を鳴らし続ける使命を担っているのではないだろうか。そう思わせるほど、国会論議を通じて知り得た憲法無視の政府の無責任さ、法案の具体例に見られる辻褄(つじつま)の合わない釈明の数々、米国の補完勢力として、自衛隊員のリスクを口にしない後方支援の実態等々、国民にとっては説明の積み残しはまだまだ残されたままだ。これらの疑問点に対して、メディアはキチンと検証し、総括して読者に提供して欲しいとの声は決して少なくない。
 筆者がこうしたことにこだわるのには理由がある。満州事変から日中戦争、さらには太平洋戦争に至る間、民意の推移を肌で感じた筆者は、一般の民意というものがいかに移ろいやすいかを知っているつもりだからである。かつての日本は議会政治の弱体化と反比例して軍部の台頭を招き、経済的行き詰まりを打開する手段として、”満蒙開拓”という名の侵略へとつながる路線を選んだ。そして日本によるかいらい政権の「満州国」に対する国際連盟の勧告を拒み、次第に国際的孤立へと追い込まれた。 ところが国際連盟からの脱退は国民の「快哉(かいさい)」の声によって迎えられ、熱狂的な軍国主義下で育てられた多くの国民は、「もっとやれ、もっとやれ」とばかり、冷静な平和的手段や非戦の声をかきけして行ったのだ。
 ラジオ、雑誌を含むメディア全般への言論統制、自社の生き残りを図るための自主規制、思想犯を主たる対象とした特別高等警察(特高)の新設などが相次いだ。治安維持法は当初こそ国家転覆を目論(もくろ)む犯罪者の取り締まりを目的としたものの、その後の改正で共産主義者、社会主義者、新興宗教指導者、戦争末期には自由主義者、民主主義者、さらには政府批判を行った者まで対象とするに至り、目ぼしい人物に対しては、”予防拘束”という信じ難い手段によって言論を封じたのが70年前までの実態であったことを忘れてはならない。
 来年からは選挙権が18歳年齢まで引き下げられる。専らインターネット情報に頼りやすい人たちの中には、一刀両断的な過激なナショナリズムに染まる可能性も十分に考えられる。これら若い人たちへの啓蒙もためにも、また、今は安保法制への根強い危機感によって廃案を目指している国民の意識を風化させないためにも、空白期間をメディアの継続的報道(たとえ狭いスペースであったとしても)によって、ぜひ活用して欲しいものである。

(「NPO法人ピースデポ」発行「核兵器・核実験モニター」第484号(2015年11月15日)から許可を受けて転載)

今月のことばNo.19

2015年11月24日

パリ同時テロと日本の立ち位置

髙村 薫

 この夏、内戦の続くシリアからの難民がヨーロッパに押し寄せる光景に、十字軍の時代からヨーロッパ諸国が武力によってイスラム世界に介入し続けてきた歴史の逆流を見る思いがしたのも束の間、IS(イスラム国)による11月のパリ同時テロのニュースは、逆流どころかまったく新しい世界の出現を予感させるものとなった。
 第二次世界大戦以降、アジアや中東や中南米、さらにはアフリカの各地で続いた内戦や戦争に大量の武器を供給し続けた欧米の大国たちが、世界じゅうに溢れかえる武器によって自国民の生命を脅かされている事態は、日本人の眼から見ればまさにしっぺ返しというものだが、フランスはこれを戦争と定めて直ちに空爆を強化し、欧米各国ももろ手を挙げて支援を表明する。有史以来、戦争をくりかえして成り立ってきたヨーロッパの、これが正統な正義のありようなのだろう。
 もっとも、イスラム過激派による無差別テロの脅威がアジアを含めた世界じゅうにも拡散している点で、世界はまったく新しい歴史を刻み始めているのだが、東アジアの一隅で私たち日本人が直面するのは、いまひとつヨーロッパ的な正義の論理が理解できない困惑と、かといって必ずしも日本独自の論理で中東各国と相対してきたわけでもない中途半端さと、イスラム世界で搾取や殺戮をしたわけでもない日本がテロの標的になることの不条理である。
 もちろん、ISにしてみれば自らの勢力を誇示するためには手段を選ばないだけのことであり、「ISと戦う各国」への支援を世界に表明した日本の首相の不用意な軽口は、その恰好の口実を彼らに与えたのだが、私たち国民はそんな勇ましい心の準備をした覚えもない。いまとなっては、平和ボケはいくぶん事実ではあるが、その改善方法については、日本人なりの論理と方法を模索するのが先であって、アメリカの外交戦略に追随するだけが能ではない。それよりも、シリアの内戦については、さまざまな利害関係をもつゆえに事態を解決できない欧米各国に代わって、日本は仲介の労を取ることができるはずだ。アサド政権の退陣を促し、政権と反体制勢力の両者の利害を調整してとにかく内戦を終わらせ、経済と国民生活の立て直しを促すことができるはずだ。
 過激思想にもとづいたテロ集団が生まれる背景を考えるとき、世界が利害の対立を越えて内戦終結のために結束したという事実は、若者たちの過激思想の芽をつむ一つの契機になるだろう。また何より、内戦を終わらせなければどんな民生支援も活きることはない。日常が戻り、国民生活が再生されたところで初めて、さまざまな民生支援が活き、産業の振興を考えることも可能になる。テロに走る若者を救い、世界をテロの脅威から救うのは、空爆ではなく、若者たちの働く場なのである。
 私たちが大事に守るべきは、こんな当たり前の原則論に立つことができる心の余裕であり、それは衣食足りた暮らしのなかでしか生まれない。いまのところこの国がそうであることに感謝しつつ、ならば原則論を押し通すべし、と思う。

新しい戦前を作らないために ―戦後70年の世界と日本
 京都・立命館大学で60周年記念講演会

2015年11月17日

 世界平和ピール7人委員会は、1955年11月11日の創立から60年を迎えた翌日、11月12日(木)、京都・衣笠の立命館大学・以心館ホールで、記念講演会を開きました。総合テーマは「新しい戦前を作らないために―戦後70年の世界と日本」。講演会の共同主催は、同大学の国際平和ミュージアム。約250人の聴衆を前に、5人の委員とモンテ・カセム国際平和ミュージアム館長(同大学教授)が講演、土山秀夫委員のビデオメッセージが映し出され、池辺晋一郎委員のメッセージが読み上げられました。
 最初にカセム館長が挨拶、小沼通二委員・事務局長が7人委員会の歩みを紹介したあと、土山委員の「継続は力なり」と題する、運動の継続を訴えたビデオメッセージに続いて、池内了委員が「科学者の軍事動員が始まっている」、髙村薫委員が「野間宏に見る戦前の青春群像と平成のSEALDs」、大石芳野委員が、写真を見せながら「戦後70年:刻まれた傷」を話しました。
 休憩後、池辺委員の「時は前に進む」と題したメッセージを髙村委員が朗読、武者小路公秀委員が「テロ国家を和解させる非暴力国家・日本」、小沼委員が「戦争をしない世界への歩み」、カセム館長が流ちょうな日本語で、「ATOMS FOR PEACE REVISITED」(核の平和利用…再び)と題して講演しました。
 このあと、質疑、討論が予定されていましたが、時間が足りなくなって、各委員が質問に1つずつ答えるだけになりました。閉会後は、委員会の昨年の後援会を中心に編集した「岐路に立つ日本」(あけび書房)などの書籍のサイン会が行われ、1冊に5人の委員のサインを求める列もできました。

今月のことばNo.18

2015年11月7日

国家が個人を管理する?

池内 了

 今、街中のあらゆる場所で、「防犯カメラ」という名の「監視カメラ」が設置されている。コンビニやスーパーなどでは万引きを防ぐために店内を一望できるカメラを備え、いかにも防犯の用を果たしていると言いたげだが、果たしてどれだけ万引きが減ったのだろうか。
 犯罪防止の手を打っても、必ずその裏をかく人間がいるもので、カメラの盲点の位置を探し出して盗みを敢行しており、結局イタチごっこではないかと推測している。商店街や通路・交差点に設置されているカメラは不特定多数の人間を脈絡もなく撮影しており、それが役に立つのは、犯罪が起こった場合に警察の捜査情報となるときだから、まさしく「監視」としての機能である。
 実際に「防犯」のための抑止力になっているかどうかは定かではなく、カメラの効用で警察が犯人を上げやすくなったため犯罪が減ったことが証明されない限り、「防犯カメラ」と呼ぶべきではなく、あくまで「監視カメラ」と呼ぶ必要があると思う。後述するように、デジタル技術の発達によってこのカメラが個人を直接監視し管理する手段に転化する可能性があるからだ。
 10月から「マイナンバー制度」が動き始めることになった。いわゆる「国民総背番号制度」なのだが、既に実施されている「住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)」が地方自治体に丸投げされたこともあって、400億円もかけたのに5%くらいの国民しか利用せず失敗に終わった。その反省もあってか、マイナンバー制度では国が本腰を入れて2000億円もかけ、国民一人一人に12桁の番号を振り、住基ネットで利用できた住民票や印鑑登録証の発行だけでなく、税金や社会保障や災害対策に関して個人識別を行なって「公平を図る」ことを最初に掲げている。
 そして、これが定着すれば、さらにさまざまな行政サービスに広げ、預貯金などの個人情報のみならず病歴・学歴・職歴などまで把握することへ拡大する危険性がある。個人を丸裸にして国家が管理しようというわけだ。マイナンバーが個人監視のカメラ役を果たすのである。
 それだけでも恐ろしい事態なのだが、デジタル技術の発達によってさらに恐ろしい状況を連想してしまう。個人のマイナンバーをICチップとして体内に埋め込むことを強要し(それをしないと電車にも乗れず買い物もできず社会生活が営めないので拒否できないようにするのだ)、監視カメラにICスキャナーを搭載して個人の居所をチェックできるようにすれば、常時各人を監視するシステムが完成するということだ。そうなれば、誰であろうと、どこに居ようと、各人の居所挙動が当局によって完全に把握できるようになる。
 むろん、そう簡単に全体主義的監視社会が実現してしまうとは思えないが、さまざまなデジタル機器の導入によって、私たちは着実にプライバシーが剥ぎ取られつつあるのは事実である。
 ジョージ・オーウェルの『1984年』は悪夢ではないと誰が言えようか。