1967 43J 再度原爆被害者のための援護法制定を要望します

1967年6月12日

 さる三月十一日、私たちは坊厚生大臣に、「原爆被害者を守るための援護法」を早急に制定するよう、要請いたしました。

 その後、同様の要望が、被爆者を中心として、佐藤首相をはじめ関係当局者に行われたと聞いています。

 これにたいし、佐藤首相以下政府当局者は、一般論としてはこの問題を好意的にとりあつかうことを言明して下さいました。しかし時期的には、厚生省による被爆者の「実態調査」の集計結果をまって検討するということであります。

 かえりみますと、被爆者援護について、衆参両院が満場一致で、「よつて政府はすみやかにその援護措置を拡充強化し、もって生活の安定を図るよう努めるべきである」と決議したのは、昭和三十九年のことでありました。それ以来すでに三年あまり経過しました。また被爆者の実態調査を実施して以来すでに一年半になります。そして調査の集約・発表は今秋以降になるということであります。

 このままですすみますと、援護法の制定はとうてい昭和四十四年度以前には望むことがむずかしいように思われます。

 被爆者の実態については、厚生省発表の「基本調査の概要」や地方自治体、被爆者の会などの調査でも明らかになっていると考えられます。それによりますと、貧困、病気、老齢化によって、被爆者がまことに同情すべき状態におかれていることが十分に理解できます。

 原爆被災後二十二年たって、いまなお被爆者の生活が不安にさらされているということは、国民として黙視するに忍びません。

 私たちは、かさねて政府が今次国会中に「審議会」を発足させ、昭和四十三年度予算において、「原爆被害者援護法」を制定するよう、要望してやみません。

1967年6月12日

井伏 鱒 二
植村   環
内山 尚 三
江口 朴 郎
大江 健一郎
茅誠   司
川端 康 成
上代 た の
都留 重 人
中野 好 夫
南原   繁
日高 六 郎
平塚 らいてう
丸山 真 男
湯川 秀 樹
吉野 源三郎
笠信 太 郎
蝋山 政 道