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2023 157J 汚染水の海洋放出を強行してはならない

2023年4月6日

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アピール WP7 No.157J
2023年4月6日
世界平和アピール七人委員会
大石芳野 小沼通二 池内了 池辺晋一郎 髙村薫 島薗進 酒井啓子

東京電力福島第一原子力発電所(以下原発)の炉心崩壊事故によって核燃料が剥き出しとなり、今でも、そして今後も長期間にわたり絶えず供給しなければならない冷却水に加えて、大量に地下水および雨水が原子炉建屋に流入し続けている。その結果多量の放射能を含んだ汚染水が絶えず原発の敷地から発生し、現在までに約130万トン分が1000基以上のタンクに回収されている。
東京電力は敷地内に保存するのは限界と訴え、それを受けて政府は、今年の春か夏にも沖合1㎞の海洋に海底トンネルを通じて放出を開始する計画を1月13日に正式に閣議決定した。政府と東京電力は2015年に「関係者の理解なしには、(汚染水の)いかなる処分もしない」と文書で約束註1していて、いまだ理解は得られていないことは、無視されている。このような状況の下で現在海洋放出の工事が急ピッチで進められている。この計画は、科学的・社会的なさまざまな問題を抱え、国際政治にも悪影響を及ぼすと懸念されている。
科学的見地から言えば、セシウムやストロンチウムなど62種類の放射性物質をアルプス註2で基準以下になるまで取り除くとしているが、これらがなくなるわけでなく、化学的に通常の水素と区別できないトリチウム(三重水素)は、放射性元素でありながら除去できない。そのためトリチウムを含んだ水を海水で薄めて海洋に投棄するという。トリチウムは通常の原発の運転時にも環境に放出されていて、トリチウムから放出される放射能(ベータ線)はエネルギーが低いから環境に放出されても安全であり、水や食料にも含まれていて日常的に接していても問題が起こっていない、と言われる。しかし、事故炉の剝き出しの核燃料に触れた処理水と通常運転時の排水を、同様に考えることはできない。そして水とともに体内に入ったトリチウムからのベータ線はDNAを破損させる以上のエネルギーを持っているので、内部被ばくの被害を引き起こす可能性がある。原発周辺地域で子どもの白血病の発生率が高いとの疫学調査結果もある註3。要するに、トリチウムのみならず低線量の放射線被ばく問題には科学的決着がついていない。これは、明確な回答を与えきれない現在の科学の限界を示している。
このような場合に私たちが採るべき方策は、科学以外の判断原則に準拠して当面の行動を決めることである。ここで私たちが主張したいのは「安全性優先原則(予防原則)」である。これは生じる問題について危険性が否定できなければ、安全のための措置を最優先に講ずる、という原則である。この原則に照らせば、トリチウムについて危険性があるとの指摘があるのだから、安易に環境に放出してはならないことになる。
さらに汚染水の海洋放出は、本格操業への希望をつないできた福島県をはじめ広範囲の漁業者たちに今後長年に及ぶ打撃を与える可能性が高いだけでなく、国際的な信義の問題をも引き起こす。既に、韓国や中国など近隣諸国からの反対の意思表示がなされている。海の汚染は局地に留まることなく、拡散して漁場に悪影響を及ぼす可能性があり、海流に沿った海域を生活の場とし長く核汚染に抗ってきた太平洋諸島の人びとも、全当事者が安全だと確認するまでは放出しないことを求めている。
以上のように科学的・社会的・国際的にさまざまな問題点を孕む汚染水の海洋への放出計画を強行してはならない。トリチウムの半減期は12.32年だから、保管を続ければ、タンクの放射能は時間と共に確実に低下する。必要ならさらに場所を確保すればよい。その間に、汚染水の発生量を出来るだけ減少させ、その一方で固化させるなどの研究開発を一層強化することも考慮に入れるべきである。放射能とのやむを得ない取り組みは、拙速を避け時間をかける以外ない。

註1 政府と東京電力による、関係者の理解なしでは汚染水のいかなる処理は行わないとの文書による約束
(1) 2015年8月24日 経済産業大臣臨時代理国務大臣高市早苗から福島県漁業協同組合連合会野﨑哲代表理事会長あて文書「東京電力(株)福島第一原子力発電所のサブドレン水等排出に関する要望書について」の説明 高市早苗のコラム(2021年4月14日)
https://www.sanae.gr.jp/column_detail1307.html
(2) 2015年8月28日 東京電力株式会社代表執行役社長広瀬直己から全国漁業協同組合連合会(全漁連)代表理事会長岸宏あて文書「東京電力福島第一原子力発電所のサブドレン及び地下水ドレンの運用等に関する申入れに対する回答について」
東京電力福島第一原子力発電所のサブドレン及び地下水ドレンの運用等に関する申し入れに対する回答について (tepco.co.jp)
(3) 2022年4月5日 JF全漁連はALPS処理水の取り扱いについて、岸田首相、萩生田経産大臣の求めに応じて面談(萩生田大臣がJR全漁連を訪ねて文書回答を手渡し、岸会長は、回答は精査が必要と述べ、その後萩生田大臣と共に首相官邸へ)
https://www.zengyoren.or.jp/news/press_20220405_02/
(4) 2023年3月13日 福島県内堀雅雄知事 記者会見
知事記者会見 令和5年3月13日(月) – 福島県ホームページ (fukushima.lg.jp)

註2 アルプスは、多核種除去設備の英語名であるAdvanced Liquid Processing System を縮めた名称ALPS。放射能を含む汚染水がこの設備を通ると、放射性物質の種類に応じて、化学的変化を起こして沈殿したり、吸着剤によってろ過されたりして、放射能が減少する。ただしトリチウムや炭素14などは、この装置では除去できない。

註3 疫学調査(えきがくちょうさ):集団を対象にして、健康障害の頻度、障害の状態、影響する因子などを統計的に調査する学問。

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2022 156J 軍事力拡大でなく外交力こそ真の安全保障である ―防衛政策の根本的転換は認められないー

2022年12月9日
アピール WP7 No.156J
2022年12月9日
世界平和アピール七人委員会
大石芳野 小沼通二 池内了 池辺晋一郎 髙村薫 島薗進

岸田文雄首相は、安全保障関連3文書(国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防衛力整備計画)の改定に向けて、「敵基地攻撃能力(反撃能力)」の保有を認め、2027年度の防衛予算をGDPの2%(約11兆円)とすること、そのため2023~27年度の防衛費を過去最高であった2019~23年度実績の27兆4700億円の1.5倍以上の総額約43兆円とすることを閣議決定する予定で、防衛相や財務相に指示した。
これらは、周辺国の軍備増強への対処の名のもとに、これまで国是としてきた専守防衛方針を大転換させて、攻撃兵器を装備するという軍事力拡大路線である。攻撃をうけての反撃にとどまらず、相手が攻撃準備に着手したと判断すれば、その基地も司令部も攻撃するというもので、周辺国を刺激して軍備拡大を誘発することは間違いない。これにより際限のない軍備拡充の悪循環を招く恐れがあり、戦争のリスクを増大させるものである。
現在の日本は、国家財政の巨額の赤字が累積し、少子高齢化のひずみが広がっている。エネルギー・食料の自給率も低く、国土も狭隘である。このような国が、軍事力を強化することによって安全を求め、いざとなれば戦争に訴えるという途は、国民の安全を真に保障することにはならない。
かつての日本は、国家のためとして国民と諸外国に大きな犠牲を強いてきた。敗戦を経ての反省の上に立って、日本国憲法のもとで平和主義を掲げ、対立や齟齬があった場合には外交交渉で粘り強く解決を図る路線を歩んできた。その結果として、諸外国から戦争をしない国と見られてきたのである。
今回の防衛政策の根本的転換を推進するにおいて、これが国民に対して安全・安心を強化する方策だという丁寧な説明は一切なく、諸外国の理解を得る努力をした気配もない。
私たち世界平和アピール七人委員会は、いかなる状況にあろうとも、日本として外交力によって解決を図る国であり続けることを強く求めたい。

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今月のことばNo.56

2022年10月11日

日本の原発回帰に思うこと

 ウクライナに侵攻したロシア軍が、南東部にある欧州最大級のザポリージャ原発を攻撃、占領したのは今年3月4日のことだった。稼働中の原発が砲撃されるという、誰も想像もしなかった事態が現実に起きた瞬間だった。国連安保理は5日、国際法違反(注)としてロシアを激しく非難したが、拒否権をもつロシアは耳を貸さず、このとき世界は差し迫った放射能汚染の脅威を前にして、国連安保理の無力というもう一つの恐ろしい現実を突きつけられることとなった。
 ロシア軍の占領下にあるザポリージャ原発は8月以降、ウクライナ軍とロシア軍のどちらのものともつかない砲撃が相次いでおり、送電網には電源喪失に至る深刻な被害も出ている。そのため9月にはIAEA国際原子力機関の調査員が現地に入ったが、戦火の下で国際機関による恒常的な監視はできないのが現状である。
 そして、プーチン大統領は9月30日、ウクライナ南東部のドネツク・ルガンスク・ザポリージャ・ヘルソンの4州を一方的にロシア領に併合したのに合わせて、10月6日にはザポリージャ原発を国有化する大統領令に署名したが、それはこれまで国際法違反をものともせず原発を盾にしてきたロシアの軍事作戦の帰結の一つであり、ロシアによる原発の要塞化の完成にほかならない。言い換えれば、プーチン大統領がザポリージャをグランドゼロにする日が来ないことを、世界はただ祈るほかないということである。
 ロシア軍のウクライナ侵攻は、当初の予想に反してロシア側の劣勢が明らかとなっているが、かといってウクライナがいますぐ勝利を収めるという予想も立たない。すなわち戦闘は泥沼化するということであり、プーチン大統領は春以降、たびたび演説で核を使用する可能性に言及してきた。そしてここへきて、それがいよいよ現実味を帯びてきたと世界の専門家の多くが指摘し始めているのである。8月6日の広島でのグテーレス国連事務総長の演説に続き、10月3日に中満泉国連軍縮担当上級代表が、すべての核保有国に対して核の先制不使用を約束するよう求めたのは、その一環である。
 ところで3月時点で10基の原発が稼働していた日本も、ロシアによる4日のザポリージャ原発攻撃の衝撃を共有したはずである。このとき日本原子力学会をはじめ、核セキュリティーの専門家たちは、原発が武力攻撃の対象になったことについて一様に想定外という認識を隠さなかったし、原発立地自治体からも強い不安の声が上がった。
 あれから8か月、ウクライナ危機に端を発したエネルギー価格高騰と脱炭素に対処するためとして、岸田首相は突如、原発推進へと舵を切った。ひとたび戦争が起きたなら、全国の原発は為すすべがないという不都合な真実自体はまったく変わらないにもかかわらず、原発が武力攻撃を受けることへの危機感は、この国ではあとかたもなく消えてしまったということである。台湾有事の脅威をあおり、敵基地攻撃能力をもつ長射程ミサイルの保有に踏み出す傍らで、日本全土の原発が逆にミサイル攻撃を受けることを想定しない政治家たちの脳みそは、もはや壊れていると言う以外にない。(2022年10月9日)

(注)ジュネーブ諸条約の国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(1977)
第56条(危険な力を内蔵する工作物及び施設の保護)
危険な力を内蔵する工作物及び施設、すなわち、ダム、堤防及び原子力発電所は、これらの物が軍事目標である場合であっても、これらを攻撃することが危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたらすときには、攻撃の対象としてはならない。これらの工作物又は施設の場所又は近傍に位置する他の軍事目標は、当該地の軍事目標に対する攻撃がこれらの工作物又は施設からの危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたらす場合には、攻撃の対象にしてはならない。

2022 155J 核兵器先制不使用をすべての核兵器保有国が直ちに約束するよう求める

2022年10月11日

このアピールには英文版があります。
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アピール WP7 No.155J
2022年10月11日
世界平和アピール七人委員会
大石芳野 小沼通二 池内了 池辺晋一郎 髙村薫 島薗進

現在世界は、荒廃と相互対立の激化から人類の絶滅に向かう危険性か、対立を解消して平和で安全に生きていく可能性かの、重大な岐路に立っている。
国連総会軍縮・国際安全保障委員会(第1委員会)の今期(第77期)の一般討論の初日(2022年10月3日)の会合の冒頭に行われたスピーチのなかで、中満泉国連軍縮担当上級代表(事務次長)は、「核兵器の現実的な危険」が再び世界の焦点になったと指摘し、すべての核兵器保有国に「人類を絶滅の可能性から救うため、あらゆる核兵器の先制不使用を直ちに約束する」ことを求め、ウクライナに荒廃をもたらしている無意味な戦争を終結させるよう訴えた。
これより先8月6日の広島における平和記念式典において、国連のアントニオ・グテーレス事務総長も、「核兵器保有国は、核兵器の先制不使用を約束しなければならない」と訴えている。
私たち世界平和アピール七人委員会は、グテーレス事務総長と中満代表の核兵器先制不使用約束の訴えを支持し、核兵器保有国であるアメリカ合衆国、ロシア連邦、英国、フランス共和国、イスラエル国、インド、パキスタン・イスラム共和国、朝鮮民主主義人民共和国の指導者が、直ちにそれぞれ核兵器の先制不使用を約束することを求める。
私たちは、中華人民共和国が核兵器保有国のなかで唯一核兵器の先制不使用を宣言してきたことを評価する一方で、核兵器の役割の縮小から廃止、周辺国との緊張緩和・友好に向けて具体的指導力を発揮することを要請する。
さらに私たちは、日本政府が日本国民の大多数の核兵器廃絶の願いに反して核兵器への依存に固執し、米国の核兵器先制不使用方針検討に反対していると繰り返し伝えられていることを許容できない。核兵器への依存や「敵国」への先制攻撃を否定しない政策を持つ国は、他国からの核攻撃、先制攻撃の標的になることもありうる。これでは政府が国民を保護する責任を放棄し、国民を危険にさらすリスクを増大させることになる。私たちは、日本政府が軍備拡大を中心とする安全保障政策から外交努力強化の政策に抜本的に変更することを求める。

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追悼・武者小路公秀さん

2022年9月11日

2004年初めから2021年2月13日まで、委員として世界平和アピール七人委員会の活動に積極的にかかわってこられた武者小路公秀(むしゃこうじきんひで)さんが5月23日92歳で昇天されたことが公表されました。

武者小路さんは、ブリュッセル生まれで、父は後に駐トルコ大使、駐ドイツ大使を務める外交官。作家の武者小路実篤は叔父。学習院大学法学部卒業。国際政治学者になり、学習院大学、上智大学、国連大学、明治学院大学、フェリス女学院大学、中部大学、大阪経済法科大学に勤め、国連大学では副学長でした。

最晩年まで平和と人権を軸にして社会的活動を続けられた生涯でした。
世界平和アピール七人委員会一同は、心からご冥福をお祈りいたします。