今月のことば

2020/05/12

愚かな戦争繰り返すのか―世界の在り方を考えるとき―

大石芳野

シリーズ:大型評論「新型コロナと文明」 (共同通信社)

パリやロンドン、ニューヨークなどの大都市が、新型コロナウイルスまん延のため無人になった光景を見た時、「これは戦争で敵に占領された街と同じだ」と思った。
私はほぼ半世紀にわたり、戦禍をくぐり抜けて生き延びた人々を取材している。内乱や戦争で破壊された数多くの街に足を踏み入れたが、そこで目にした無人の光景がコロナ禍に見舞われた都市の姿と重なる。そして戦禍の街で感じた何とも言えない恐ろしさをいま、同じように感じている。
2011年、東京電力福島第1原発事故の後、それほど時を経ずに同原発から20㌔圏内の村々に入った時も、このような感覚になったことがある。しーんと静まりかえった地に立って思ったのは、何も見えないが、多くの敵に囲まれているという感覚だった。放射線という敵があたり一面にいて襲ってくる。私は敵の陣地にいるのだ、という思いを強くした。
新型コロナウイルスに襲われた東京も同じだ。ウイルスは人の細胞に取り付くので目には見えないが、私たちの社会はいま、目に見えない大きな敵によって、じわじわと侵されていると言えるのだろう。

▽巨大空母が無力に

武器や兵器による戦争であれば、例えて言うと、銃を持った兵士が市民を撃つという加害者と被害者の構図がある。ところが、新型コロナウイルスは銃を持った人間にも同じように襲いかかる。コロナ禍の下では、銃口を向ける行為が意味をなさなくなる。そこがこれまでの戦争とは、大きく様相が異なるところだ。
米国の原子力空母の乗組員が多数、このウイルスに感染し、死者も出たという。数千人の乗組員をすべて上陸させ、空母は軍港に停泊したまま戦闘機能を失っている。巨額な資金を投入して造られた島のような鉄の塊が、無用の長物と化しているのだ。
こういう状況を目の当たりにした時、国連のグテレス事務総長が3月24日に発表した「グローバル停戦の呼びかけ」という声明をあらためて思い起こした。
声明は「このウイルスには、国籍も民族性も、党派も宗派も関係ありません。すべての人々を容赦なく攻撃します。その一方で全世界では激しい紛争が続いています」とした上で、障害者、社会から隔絶された人、避難民など、最も弱い立場にいる人々が最も大きな犠牲を払っていると指摘。グローバルな停戦を呼びかける理由として「ウイルスの猛威は、戦争の愚かさを如実に示している」と述べている。
私は、この声明に大きく頷いた。いまは、武力を持ち戦うことをやめなければならない。事務総長の言葉を借りれば「戦争という病に終止符を打ち、世界を荒廃させている疾病と闘うこと」に集中すべきだ。
戦争とは何なのか。突き詰めれば人間の欲望の産物なのだ。米国はこれまでに多くの戦争を起こしてきたが、これは米経済を支える軍事産業を維持し、発展させるために行ったとも言える。日本には米軍基地が各地にあり、日米の巨費が投じられているが、そうした資金をこのウイルス感染拡大の影響で職を失ったり、仕事を中断せざるを得なくなったりした人たちに回すべきだ。
安倍晋三首相はよく「国民を守る」と言うが、その意味は何かと問いたい。巨額の戦闘機やミサイル迎撃システムを米国から購入することも国を守る手段なのかもしれないが、本当に守るのは国民一人一人の命だ。命を守るというのは、どういうことなのか、このコロナ禍のさなかに私たちは考えなければならない。

▽地に足をつける

トランプ大統領は、米国のウイルス感染が拡大するにつれて、中国を非難する言動を繰り返しているが、そのトランプ大統領を国連の場でにらんだ少女がいる。スウェーデンの少女、グレタ・トゥンベリさんだ。
パンデミックになったいま、16歳だったグレタさんが昨年9月、国連の「気候行動サミット」で語った演説が脳裏によみがえっている。
「人々は苦しみ、死にかけ、生態系全体が崩壊しかけている。私たちは絶滅に差し掛かっているのに、あなたたちが話すのは金のことと、永遠の経済成長というおとぎ話だけ。何ということだ」
経済活動最優先で、二酸化炭素(CO2)の排出量を抑制できず、地球温暖化を加速させてしまった〝大人たち〟への強烈な批判の声だった。
温暖化によって、極地をはじめ世界中の氷が溶けだし、海面上昇で水没しそうな島や川底に沈みそうな村がある。それだけではない。永久凍土が溶け出すことによって、封じ込められていたさまざまな微生物や菌が目覚め、融合することで新たな病原になるかもしれない。新型コロナウイルスと地球温暖化との関連は不明だが、温暖化による異常気象が山火事や水害などとともに、新たなパンデミックの引き金になる可能性もある。
グレタさんは「経済成長というおとぎ話」と言ったが、産業革命以降、人間はひたすら経済成長を求めてきた。これを支えたのが科学技術の進歩だった。科学文明イコール、マネーだったのだ。ウィルスに対処するのも科学力が欠かせないが、科学文明はまた兵器開発によって軍事力増強も支えてきた。
いままた、仮想現実(VR)や人工知能(AI)といった最先端の科学技術を経済成長、すなわちマネーに結びつけようと夢見ている人の群れがある。私には、そうした人々が、最先端の技術に遅れまいとして、つま先だって小走りで追いかけている姿に見えてしまう。地に足をつけて生きていくことの大事さを忘れているような気がする。
私はこれまでに、戦争で心身ともに傷ついた女性や子どもたちを数え切れないくらい大勢見てきた。彼女らは、銃や爆弾などの兵器によって、家や家族を失った。あの子どもたちの涙や嘆きの表情が繰り返される戦争をまだ続けるのだろうか。
新型コロナウイルスが世界を襲ったいまこそ、軍事、経済最優先の社会から脱して、温暖化対策や医薬開発などに巨費を投じるべきだろう。このように考え方の転換をしないと、人間は生き延びられないと思う。

(談、インタビューは4月10日、聞き手は共同通信編集委員 藤原聡)

「言うべきときに 言うべきことを
―私たちのアピール」を発刊

13年分のアピールを収録
>詳しくはこちら