世界平和アピール七人委員会 World Peace 7
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今月のことば
「今月のことば」欄新設
七人委員会委員が交代で、ホームページのこの欄「今月のことば」にエッセイを掲載していくことにしました。最初の2点をご覧ください。来月から半月ごとに1点ずつ追加していく予定です。感想やご意見があればお聞かせください。
今月のことばNo.2

重大な岐路に立つ沖縄 


大石芳野(写真家)

先日、「重大な岐路に立つ日本」というテーマで七人委員会の講演会を行った。時間切れで発言できなかったためこのリレーエッセイの場を借りて提起したい。それは沖縄の米軍基地についてだ。11月16日、沖縄は知事選の投票日。福島の知事選では原発が争点の中心にならなかったが、沖縄では辺野古埋め立ての是非が明確な争点になっている。4人の候補のうち賛成は1人、反対は2人、1人は住民投票だ。まさに沖縄のターニングポイントである。

新たな辺野古埋め立てに関しての世論調査では住民の80%が反対を表明していると言う。しかも、米軍基地であり続けるよりも返還地に観光地など住民が参加できる施設を造った方が経済的な効果が上がるという試算も具体的に出ている。

米軍治世27年間を経て日本に復帰してから42年が過ぎたが、米軍基地を巡って、住民の尊厳を蔑(ないがしろ)にする歳月が続いてきた。日本全体でみれば米軍基地は減少しているのに、沖縄の基地を利用し続けようとする日米政府の政策によって、面積が日本全体の0.6%に過ぎない沖縄県に全国の<米軍専用>米軍基地の74%が集中するという異常事態になっている。

歴代政府の政策は、沖縄の住民は無視しても構わないという意味合いに繋がる。これまで多額の資金を注ぎ込んだではないかとの主張もあるが、なかば押し付けられた投資によって住民は平穏な生活権を奪われた。人権の侵害だともいえる。端的に言えば棄民として扱われてきたということではないか。

米軍基地は沖縄だけで解決できるものではない。住民が反対しても日本政府がアメリカと交渉しない限り、動くのは難しい。まさか、アメリカから「住民の反対で引き揚げる」との申し出を待っているわけではないだろう。いずれにしてもこの問題は、沖縄の住民に米軍基地を押し付けてきた私たち全体の怠慢だ。

沖縄の米軍基地、とりわけ辺野古の埋め立てをめぐるアメリカの「日本への要求」は、共和党の勢力拡大によって沖縄県知事選の結果いかんにかかわらず集団的自衛権を背景に強まるだろう。基地の強化によって中国や朝鮮半島の動きと取り組もうというきな臭さは、外交努力を積み重ねることで解消させていかなくてはならない。沖縄は差し迫った日本の重大な岐路となる象徴的なテーマだと思う。(2014年11月8日、修正9日)

今月のことばNo.1

大西洋のアフリカ沖の「日本国憲法第九条の碑」を訪問して


武者小路公秀

2014年夏、ピースボートにひと月足らず乗船して一番思い出に残ったのは、8月26日スペイン領カナリア諸島のグラン・カナリア島のテルデ市で訪れた「日本国憲法第九条の碑」でした。ロータリーの一隅にしつらえた小公園「広島・長崎広場」の、スペイン特有の建物を背にして掲げられた碑から予想しなかったショックをうけたのです。純白のタイルに青々と焼き付けられた文字がスペイン語に翻訳された「日本国憲法第九条」でした。

この高く掲げられた碑と、そのそばにスペイン語と英語と日本語で刻まれた「平和」の文字は、日本国憲法とその背景となった広島・長崎の被爆体験に捧げられた市民の深い平和に対する信念を力強く表していたのです。スペインが1982年にNATO(北大西洋条約機構)に加盟したとき、スペイン全土で加盟反対の運動が盛り上がり、テルデ市は当時の市長、議会が反対を表明して非核都市を宣言しました。1996年に日本国憲法を知った市長が言い出して、この碑を小公園に建てて、「広島・長崎」広場と命名したのでした。軍事活動を一切拒否する憲法第9条の真の意味を、私自身よりもはるかに正しく理解しているこのアフリカ沖の亜熱帯の市民への尊敬を、私は深く感じました。

日本国憲法制定後、前文の平和主義と、戦争を放棄し一切の戦力をもたないとした第九条の解釈を曖昧にして次々に変え、自衛隊から集団自衛権まで認めてしまった日本。その平和主義者の一人としてこの碑を建立したテルデ市民たちの真っ直ぐな日本国憲法の解釈に出会ったことは、大げさにきこえるかもしれませんが、かなり衝撃的でした。私は、この碑をおとずれたことで、これまで日本が憲法第九条の解釈改変を重ねてきたことへの恥ずかしい気持ちを日本に持ち帰って来ました。初心に帰れずにここまで来た自分を恥ずかしく思うようになっていることを、みなさまにご報告いたします。(2014年10月31日)

武者小路公秀氏と勝俣誠氏
▲テルデ市広島・長崎広場の筆者(右)と勝俣誠氏(明治学院大学)。右上に九条の碑。
スペイン語の日本国憲法第九条
▲スペイン語の日本国憲法第九条
最新ニュース
PRIME共催公開講演会

いま、日本は重大な岐路に立っている
 2014年講演会で訴え


 世界平和アピール七人委員会は、11月4日(火)午後1時半から5時過ぎまで、東京・港区白金台の明治学院大学で、2014年講演会を開いた。同大学国際平和研究所との共催で、テーマは「重大な岐路に立つ日本」。ことし新しく委員になった池辺晋一郎、眤七偉尚儖と、池内了委員が講演、3委員と小沼通二委員・事務局長、大石芳野、武者小路公秀の各委員と高原孝生明治学院大学国際平和研究所長が加わってパネル・ディスカッションが行われた。土山秀夫委員は、「私情と国益」と題したメッセージを寄せ、紹介された。
 最初に、小沼委員・事務局長が挨拶した後、池辺、眤次池内の各委員の順で講演した。

 池辺委員は「主張する音楽」と題して、「95年にレバノンで平和イベントがあった。そこで『かつて、第2次大戦が終わった直後に、ヒロシマという歌がはやった』と聞いた。『その頃口ずさんでいた人はもうみんないなくなったが、そういう歌が歌われたことを覚えている』ということだった。いま、どんな歌かはわからないが、歌はそんな風に、人々をつないでいる」と話した。「私は、昨年シンフォニーを2曲書いたが、それは3.11に触発されている。作曲という行為は何かに突き動かされないとできない」とも。

続いて眤七旭儖が「言葉の伝わり方」と題して話した。眤爾気鵑蓮◆孱械闇くらいの間に、言葉は大きく変わった。情報通信技術の発達によるものだが、そこで、人間も変わった。言葉は短くなり、簡単になった。問題は単純化され、長い文は読めなくなった」と問題提起。そのなかで、「日本の政治家の発言が問題になっているが、冷戦構造の中で、終戦当時日本の戦争責任を見つめ直すことができなかったのは、日本人の最大の悲劇ではないか」と述べ、「美しい日本と言う。そこで言語感覚は劣化している。ことばがこんなにやせ細った状況でいて大丈夫なのかと感じている」と訴えた。

 3人目の講演は、池内了委員。テーマは「軍学共同の動きと日本の未来」.池内さんは「この100年に爆弾の爆発力は10億倍、犠牲者数は40万倍になったが、これは科学者の協力があって可能になった」と話し、「科学者の軍事動員はアルキメデスの時代からある。日本は『軍事目的のための研究はしない』としていたが、いまは『大学や研究機関との連携で防衛にも応用可能な民生技術の積極的な活用に努める』と防衛計画大綱に書かれ、大学との技術交流も増えている。科学者研究者の倫理意識を研ぎ澄ますことが必要だ」と強調した。

 講演の後のシンポジウムでは、眤爾気鵑猟鶺した言葉の問題や、大学の危機、軍事と民生とのデュアルユースの問題など、広範囲な話題が語られた。
 パネリストを務めた同大学国際平和研究所の高原孝生教授は「若者のことが問題になるが、いま学生たちはすばらしくがんばっている」と、10以上の大学生が一緒になって、秘密保護法反対の2000人のデモを成功させたことを紹介。この「有志の会」の学生が「秘密保護法はわたしたちの問題。12月10日にも行動したい」と決意を述べた。(了)


その他のニュース
原子力基本法関連

疑惑の原子力基本法:「我が国の安全保障に資する」のたどる道

 疑惑の原子力基本法:「我が国の安全保障に資する」のたどる道(Kagaku_201209_UncorrectedProof.pdf)

『科学』9月号(8月末刊行)掲載予定、岩波書店の特別の許諾により掲載


原子力基本法の基本方針に、「我が国の安全保障に資する」という表現が加わった。これからどうするか。

 2012年6月15日の衆議院に自民・公明・民主3 党共同で緊急提案された「原子力規制委員会設置法案」が20 日の参議院本会議で、原案のまま可決され、成立した。施行は3 ヵ月以内だという。
 1日のうちに、国会が長いこと審議せずに放置しておいた政府案と自民・公明2党案を取り下げ、3党案を配布して、提案後数時間で衆議院を通過させ、その日のうちに参議院の審議を始めた。そして週末を挟んで5日後に成立させるという異様な早さだった。国会会期末といっても、大幅延長は見えていた。しかも国会自体が、「今後の施策または措置について提言を行う」ことも目的に含めて発足させた国会東京電力福島原子力発電所事故調査委員会が間もなく結論を出すことになっていたのに、それを待つことはなかった。
・2012年6月20日の国会で何が決まったのか
・世界平和アピール七人委員会の緊急アピール
・何を意味するか
・これに対してどうするか
(付録)どのような経過で決まったのか

>詳しくはこちら

新聞報道
 107j_newspapers2.pdf(9.9MB)
名護市辺野古への米軍普天間飛行場の移設計画は直ちに取りやめなければならない(記者会見)
 世界平和アピール七人委員会は、10月25日午後3時半から記者会見を開き「名護市辺野古への米軍普天間飛行場の移設計画は直ちに取りやめなければならない」とのアピールを発表しました。
 私たちは、この発表に先立ち、アピールを政府にも届け、対応を要請しました。


Video streaming by Ustream

 PDFアピール文→ 105j.pdf


 「世界平和アピール七人委員会」は、1955年11月11日に下中弥三郎(世界連邦建設同盟理事長、平凡社社長)の呼びかけによって、湯川秀樹(ノーベル物理学賞受賞者、京都大学基礎物理学研究所長)など7人で結成されました。それ以来、2006年10月までに89のアピールを国内、国外に発表してきました。これらはすべて、人道主義と日本国憲法の平和主義にもとづく不偏不党の呼びかけであり、核兵器の廃絶を要求し、国際間の紛争は平和的な話し合いで解決すべきだとの立場を貫くものでした。
 これまでの委員には、朝永振一郎(ノーベル物理学賞受賞者)、川端康成(ノーベル文学賞受賞者)、小柴昌俊(ノーベル物理学賞受賞者)などが含まれています。
 2006年10月11日には、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核兵器実験について、アピールを発表しました。創設以来89番目、2006年の2つ目のアピールです。
 2006年6月には、多忙で参加できなくなった小柴昌俊委員が辞任し、小沼通二事務局長が事務局長兼任のまま委員に加わりました。
World Peace 7