総理は明日アメリカを訪問し、ニクソン大統領と会談されようとしています。またそれに続いて秋には欧州諸国及びソ連の首脳との会談が行われるとのことであります。
われわれは総理の健闘を期待するとともに、この機会に次のことを要望致したいと思います。何よりも先ずわが国が世界にまれな憲法を持っていることを想起したいのであります。このたびの会談においても、今や大きく成長したわが国の分担すべき国際的責任が論ぜられることと思いますが、アメリカから言われるまでもなく、わが国の憲法の精神からみても、わが国は世界の平和のため、また世界各国国民の幸福のため、積極的に努力し、特に開発途上国の生活向上、福祉増進のために、手をさしのべる責務があると考えます。
といいますのは、わが国が軍備を拒否し、不戦の決意を憲法に明記したのは、単に戦争によって諸国民を不幸におとしいれない、という消極的な意味を持つだけでなく、例えば軍備を拒否することによって生じた大きな余力を私しすることなく、進んで世界各国、とくに開発途上国のために、無償の奉仕として提供するという、積極的な行為がそれに伴うべきだと、われわれは考えるからであります。なぜならば憲法にかかげられた「国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う」という念願は、この努力があってはじめて達せられると信ずるからであります。
この前提にたって、とくにアメリカとの関連について言いますならば、わが国民の大きな関心事の一つである、わが国内の米軍基地、とくに沖縄に於ける基地の問題があります。これらの基地の存在が周辺住民の生活に与える好ましくない影響から、日米両国の親善関係が損なわれることをわれわれは憂慮せざるをえません。さらに日本国民の中に、これらの基地がベトナム戦争に用いられ、多くのベトナム人を泥沼のような戦争にまき込んだことを見て、基地の存在が果たしてアジアの平和のために役立つのであろうか、という疑問を持つものが少なからずおる、という事実も忘れることはできません。われわれは、この様な国民感情がアメリカによって正当に理解されるよう、総理のご努力をお願いしたいのであります。
ところで以上のことと関連して、かつて大平外相が卒直に言われたように、アメリカのわが国に対する理解が十分でないという問題があります。しかし、この点については、わが国がそのためにこれまでどんな努力をしたかということを考えるとき、アメリカのみを責めることはできないと思います。
言うまでもなく、異なる文化や伝統を持ち、したがって異なる価値観をもつ国々が、互いに理解し合うということは、一朝一夕にできるものではありません。政治や経済上の問題についての相互理解も、相互の国の価値観のちがいを理解することなしに達することはできないと考えます。そういう理由で、多くの国々は自国の文化について、他の国の正しい理解を得るために大きな努力をしております。
わが国は、貿易のためには諸外国に宣伝に努めてきましたが、文化にかんする正しい理解を得ることについては、努力が足らなかったように思われます。総理はこの問題について十分考慮されていると聞いておりますが、なお一層のご努力を要望致したいと思います。
重ねて申しますが、世界にまれな憲法をもつわが国は、国際社会において独特の立場で寄与すべきであるということを、われわれは信ずるものであります。
1973年7月28日
上代 た の
茅 誠 司
大河内 一 男
朝永 振一郎
植村 環
湯川 秀 樹
事務局長 内山 尚 三
内閣総理大臣 田中角栄殿