原子力潜水艦スレッシャー号の不幸な事故は、アメリカ国民に強い衝撃をあたえただけではありません。それは、いわゆる「原子力潜水艦の寄港問題」に関連して、わが国民にも暗い不安の影をなげかけています。今回のスレッシャー号事件は、何よりも原子力潜水艦に重大な事故なしということが期待し得ないものであることを実証致しました。
そのうえスレッシャー号が、わが国に寄港を求めているノーチラス型原子力潜水艦のいわば一種だといわれていることを、ここに附記せざるを得ません。
スレッシャー号は、核弾頭付きの「サブロック」を装備していると一般に信ぜられています。無論、このような原子力潜水艦が日本に寄港を求めるような場合には、貴下は、貴下がつねづね言われている核兵器の持ちこみは絶対に許さないという公約に立って、これに対処されることと信じて疑いません。しかし、たとえ寄港を求める原子力潜水艦がいかなる核兵器も装備していない場合でも、原子力を燃料としているという事実は変りませんし、それが今回の事件で、新たにわれわれの身にせまる問題として実感されることになったものであります。
スレッシャー号の放射能問題については、事故の原因や被害の実状が明らかにされていないいまの段階では、早急の推測はさしひかえなければなりません。とはいえ、原子力潜水艦が日本の港湾のなかで、あるいは沿岸近くで、スレッシャー号事件以上の重大な事故を起し、その結果きわめて危険な放射能害を発生させないという保証は、少なくとも今のところどこにもないのであります。
なおこの際、とくに注意を喚起しておきたいのは、原子力の取扱は、国内の平和利用の面においてすらきびしい規制の下におかれている事実であります。これは今日の状況において原子力につきまとう予測し難い危険の重大性にもとづくものであります。しかるに外国の船艦については、いかなる場合もこれをわが国法の規制下におくわけにまいりません。のみならず原子力潜水艦による万一の事故発生は、日米間の友好に不測の影響をもちかねないことについても、日米両国が共にあらかじめ深い考慮を払うべき段階であると信じます。
貴下が原子力潜水艦の寄港問題を再検討され、日米両国民の真の友好のためにも、寄港を取り止めるよう、むしろアメリカ政府の熟慮と反省を求められることを希望してやまないものであります。
1963年4月19日
内閣総理大臣 池田勇人殿