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2024 161J 「重要経済安保情報保護法」は民主主義を危うくする(2024.04.08)

アピール WP7 No.161J
2024年4月8日
世界平和アピール七人委員会
大石芳野 小沼通二 池内了 池辺晋一郎 髙村薫 島薗進 酒井啓子

衆議院において、「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案」(通常「重要経済安保情報保護法案」などと略記)が可決される見通しと報道されている。ところがこの法案について、国会での審議はごく限られたものであり、新聞やテレビニュース等での報道もほとんどなされていない。以下に述べるように、政府がどこまでも運用を拡大できる制度が、国民にあまり知られぬうちに成立してしまうとすれば、日本の民主主義の将来は危うい。

この法案は、2013年に制定された「特定秘密保護法」を引き継ぐものだ。一昨年5月に公布された「経済安全保障推進法」の柱に先端的な重要技術に関わる事項があり、その技術の秘密をどう守るかという、秘密保護という課題の大幅な拡大に対応して、政府が国会に提出したものである。

つまり、国家が「重要経済安保情報」を独占的に一元管理するため、技術開発を含む経済情報を秘密指定することを主目的とした法案である。そのため、国家の安全保障に関係があると指定した情報を扱う者に対し、もらす恐れがないかということも含めて厳しい身辺調査を行い、秘密情報を漏洩した場合には重罪に処すと規定している。そこで以下では、この法案を「経済安保秘密保護法」案と呼ぶことにする。

2013年の特定秘密保護法は、外交・防衛・テロ・スパイ活動という4つの分野の特定秘密に関する法律で、いわば政治的な安全保障のためであった。そして、この4分野からわかるように、その情報を扱うのは主として政府職員だから、法の対象者もほとんど公務員に限られていた。

ところが、この「経済安保秘密保護法」案では、技術情報に接し得る者が対象だから、政府職員だけでなく大学や企業の科学者・技術者・研究補助者なども法の対象者となる。さらに、技術情報を伝える教員・ジャーナリスト・科学館の学芸員らへと対象が拡大されるであろう。政府は、それらに該当する政府職員・大学人・民間人の活動歴・信用情報・精神疾患など、プライバシーに関わる情報まで調査することを法律で規定するとしている。

この身辺調査は英語で「セキュリティ・クリアランス」と呼ばれており、「適性評価」と訳されている。秘密情報に接触できる者を「適正」、できない者を「不適正」に分けるのである。この「適性評価」が、科学者・技術者の思想差別、研究の自由の抑圧につながることは明らかである。

さらに、身辺調査は当該の者だけでなく、秘密情報を知る可能性がある家族や同居人など広く関係者にも及ぶ可能性が大きい。というのは周囲の誰かが、大学や企業で技術開発をしたり、教育者やジャーナリストとして技術の解説をしたりして、最新の技術を使用することはありふれていて、その技術が「経済安保秘密保護法」案の秘密条項に指定されたら、直ちにこれらの者にも厳密な身辺調査がなされることになるからである。秘密保持のためとして、多くの国民に監視と選別の網をかけることにつながる恐れがある。

「適性評価」を受けるに際しては本人の「同意」が原則で、不利益扱いの禁止が定められているが、果たして調査を拒むことができるだろうか。国が課する調査には応じるのが普通で、調査を拒否すると「不適正」な者と見なされかねない。そして「不適正」のレッテルをはられると、優秀な技術者であっても技術情報とは関係しない部門に異動させられることになるだろう。このように「適性評価」に絡む差別が職場に持ち込まれ、働く人々が分断されることは必至であろう。差別され排除される人材が多数、生じることになる。

一方、「適正」と評価された者も新たに監視システムの下で生きざるをえなくなり、秘密漏洩罪が適用されると重罪に処せられる。現在の「経済安全保障推進法」の秘密漏洩罪では最高2年の刑だが、「経済安保秘密保護法」の下において重要経済安保情報をもらした者は、特定秘密保護法で政治犯として罰せられるのと同じ最高5年の拘禁刑となる。ところが、何が重要経済安保情報かは具体的に公表されない。「何を秘密にするかは秘密」であって、政府は恣意的な法の運用を行うことができると言わざるをえない。

現在、戦争ができる体制を下支えすべく、私たち個々人の自由と人々の権利を制限していく社会傾向が強まっている。衆議院内閣委員会が可決した「経済安保秘密保護法」案はさらにそれを大きく押し進め、安全保障の名の下に民主主義を危うくするものである。世界平和アピール七人委員会はこの案の廃案を求める。

PDFアピール文→ 161j.pdf

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