今月のことばNo.34

2017年5月3日

朝鮮の核開発と日本の選択

武者小路公秀

 核・ミサイル開発を進める朝鮮の政策は、残念ながら間違った前提に立ったものです。
 そもそも核兵器開発は、米ソの「核競争時代」には、全面戦争以外では使えないが、より強化することで外交交渉を有利に進める「戦略兵器」として考えられてきました。その時代、核兵器は、いわば「戦略」的利用に限定され、その「戦術」的利用は抑えるという軍備管理の下で進められてきたといえます。「相互確実破壊」(Mutual Assured Destruction=MAD)と呼ばれるこの理論は、最初に核攻撃をしても、攻撃された側は、核反撃できる能力を持つため、攻撃側も破滅的な反撃を受けることになり、結局、核を使えない、という状態が出来てしまうと考えた「理論」でした。
 朝鮮が核兵器開発を始めた下敷きは、実はこの戦略でした。朝鮮は、「核を持たなければ、核大国に対抗できない。だから核開発を」と、米国との交渉を有利にしようと核開発をすすめたのです。国際政治の場で見ると、このことだけ捉えれば、朝鮮の核開発も、米国の核攻撃への反撃を準備しているわけで、すぐケシカランということにはなりません。
 しかしその後、大国間では、戦術核と戦略核との区別をしない傾向が強まり、戦略核だけでなく、戦場で使える小型の戦術核兵器の開発が進みました。いまでは、簡便で小型な核兵器が製造されてきています。オバマ大統領は退任直前「核の先行不使用」宣言をしましたが、核兵器を専ら戦場で使う戦術兵器とみなす傾向は、今日の米国を支配しています。
 ところが、朝鮮はその点を計算に入れず、米国の核と互角の能力を持つことを考えた核開発を進めています。つまり、朝鮮の政策は、全く今日の国際社会では通用しない、大変な誤算に基づいた政策です。大国の核のバランスで平和を保つとされた時代は終わり、核を持つ国も増えてきています。第一、米朝間には、相互確実破壊戦略の下で戦争を避けようという了解は存在しません。むしろ、小国であれ、大国であれ、核兵器が使用されれば、事態は関係国だけでなく、人類全体を巻き込むことになってしまいます。
 トランプ大統領は、核兵器を平和交渉の基盤にする知恵は持っていないようで、むしろ、核を「戦術兵器」のひとつと考えているようです。ですから、トランプと同じ立場に立つ、という安倍首相は、とんでもない物騒な考え方だと言えるでしょう。
 日本は今、4つの核武装国家に囲まれています。その中で、トランプの米国の「核の傘」の下にいることは、見当違いで危険な政策です。それは結局、危険な核戦争を朝鮮にけしかける、米国の危険な「賭け」を支持することにもなりかねないのです。
 日本はいま、中国とロシアとともに.近い将来、韓国も選ぶ対話・交流の太陽政策で、米国と朝鮮との対話の準備をすべきです。反テロ戦争や朝米軍事対決で私腹を肥やす軍・産・官グローバル勢力がたきつける「武装のもとでの積極平和」を否定しましょう。
 日本は、武力を前提にした「殺人国家」に代わり、武力を否定する「活人国家」になるほか、生き残ることが出来ません。それが日本の「世界的な使命」を全うする道です。
 世界終末時計の針が2分30秒前になっているいま、人類の希望を担う近代国家の非軍事化の先鞭をつけるのは、かつて植民地主義侵略国であった日本の反省を生かす「和解の道」でもあります。
 沖縄の同胞は、すでにこの道を選び、辺野古で闘っています。同じ道を歩みましょう。