今月のことばNo.35

2017年6月8日

JASON機関

池内 了

 アメリカの軍事顧問団であるJASON機関をご存知だろうか?著名な科学者が何人も参加して軍事戦略や戦術について議論し、秘密報告という形で政府や軍(国防省)に提言してきた集団である。決して自らJASONのメンバーであることを名乗らないことになっていて、誰にも知られていないはずなのだが、本人が思う以上に知れ渡っているようである。
 JASONは1960年頃、米政府が設立したARPA(高等研究計画局、現在は国防省所属で国防高等研究計画局DARPAとなっている)がスポンサーとなり、マンハッタン計画に参加した「国を憂うる」物理学者たちが組織した集団である。政府や軍に自分たちの秘密報告を高く買わせるため、会員はノーベル賞受賞者、あるいはそれに匹敵するくらい著名な科学者でなければならず、会員推薦は自分たちのみで決定できるという特別の権利を保有してきた。「政府公認秘密会員制特権諮問機関」と言えるだろうか。
 JASONという呼び名は、この機関を作った物理学者マーフ・ゴールドバーガーの妻のミルドレッドが名付けたとされている。金の羊毛を求めてアルゴー船で地中海を遠征したイアソンのことで、首尾よく金の羊毛を手に入れるや、内妻であった王女メディアを捨ててコリントスの王女と結婚し、そのためメディアに復讐され、ついに命を落としたという有名なギリシャ悲劇の主人公の名前である。「アメリカを裏切るなんてことをしないでしょうね」という意味を込めて、ミルドレッドは印象に残る名前をつけたようだ。夏休みに入った7月(July)から集まり、8月(August)、9月(September)、10月(October)と議論を重ね、ようやく11月(November)になって報告書が出るためJASONさ、と煙にまく説もある。
 ベトナム戦争時にクラスター爆弾(蝶々爆弾とか親子爆弾とも呼ばれた)や電子バリア(ジャングルに通信装置をばら撒いてベトコンの通路を探る)を提案し、ケサンの戦いで小型戦術核を採用すべきとの提言を行なった(採用されなかった)。他にも(秘密報告が主なので真偽が確かめられないのだが)劣化ウラン弾の利用や農薬散布もJASONが言い出したのではないかと疑われている。
 彼らは自らを愛国者と位置づけ、おぞましい兵器や作戦を提案しながらも、「自分たちは犠牲者の数を減らした」と嘯き、「国家が困っているときに助け舟を出すのは科学者としての社会的責任」と居直る。他方、市民から非難された場合には「自分たちは単に提案しただけで、その責任は実施した軍にある」として責任逃れをする。私は、「彼らの言う社会的責任は全く的外れであり、科学に名を借りた自ら手を汚さない殺人集団」だと思っている。今もなおJASONが米軍の背後で活躍していることを時々耳にするのがおぞましい。
 軍学共同がどんどん進んでいけば、このような科学者が日本でも輩出するようになりかねない。今のうちに科学者の軍事研究の芽をつぶしておかねば、と思っている。

(注)JASONに関しての参考文献が以下にあります。ご参照ください。
    雑誌「素粒子論研究」48巻3号312〜317ページ 1973年11月20日発行
    http://ci.nii.ac.jp/els/contents110006468947.pdf?id=ART0008488615