世界平和アピール七人委員会 World Peace 7
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委員会のTEA TIME

委員会のTEA TIME "池田香代子さん"

今回から、世界平和アピール7人委員会の委員お一人ずつにご登場いただき、いろいろな側面からお話を聞かせていただく連載をスタートいたしました。名付けて、委員会のTEA TIME。
7人委員会の活動に興味を持ってくださる皆様、共に歩んでいこうとしてくださる皆様に、7人の委員のことをもっと知っていただけるチャンスがあったら…そう考えたことがきっかけで、できたページです。

トップバッターは、池田香代子さん。

七人委員会でのご自身の役目については、「市民運動やインターネットで意見を交わしあっている人たちと委員会との、パイプ役になれたらいいなあ」とおっしゃる、7人の中では最年少の委員です。
また、池田さんは、ドツ文学者、児童文学者、そして口承文学や都市伝説の研究者としても、知られていらっしゃいます。もしかすると今まさにこの記事を読んでくださっている皆さんの中にも、池田さんが翻訳なさった『ソフィーの世界』を読んで哲学に興味を持った方、再話者として紹介してくださった『世界がもし100人の村だったら』を読んで世界平和について考え始めた方も、いらっしゃることでしょう。

そんな池田さんに今回お話していただいたのは、「出雲神話に見る平和観」について。ご自身のブログの中でお書きになっている『出雲幻想』のことを、もう一度、わかりやすくお話していただきました。

「出雲神話については、実は『出雲の国譲り』というのが気になって、古事記を読み直してみたんです。とても不思議に感じたんですね。大和よりも出雲のほうが、文化的にも経済的にも優位だったし、面積だって広かったのに何で、出雲は大和に政権を譲ったんだろうって…。

この話題にはいる前に、もう一つの疑問についてお話したいと思います。それは、古事記にある『天孫降臨』という言葉です。何故、天の「孫」が降臨するのか?どうして「孫」である必要があるのか?

先に結論を言ってしまうと、それは持統天皇が、自分の孫に帝位を継がせたからなんですね。古事記は、持統天皇の代に編纂されましたものです。「アマテラスが国を治めるために自分の孫を使わした」というのは、持統天皇が自分の孫を帝位につけたということなんですね。さらに、日本には古来から天道信仰というのがあって、その主神である太陽神は男神なんですが、古事記においては、太陽神であるアマテラスが女神なんですね。

つまり、アマテラスは、古事記に登場する前は男神だったんです。日本の神話を研究する方々は、東南アジアからミクロネシアにかけての神話を比較研究していらっしゃいますが、天道神、つまり太陽神は、世界中どこでも男性神です。その太陽神、アマテラスを女神にしたのは、持統が女帝だからなんですね。

そういう意味で古事記は、じつに生生しい政治ドラマであって、持統天皇の野望というか、その行為を正当化しようとする力が随所に働いていると考えられます。神話というものは史実をもとに書かれていますが、書かれた以上目的があるんですね。

出雲神話に戻ります。

このお話の中でとても興味深いのが、オオクニヌシノミコトの統治のやりかたです。具体的に言うと、オオクニヌシは、何事も独断で行ったりは決めたりはしないんですね。

オオクニヌシは朝鮮半島から日本に渡って来たことになっているのですが、移住して来てまず初めに、息子と二人でせっせと種をまき、木を植えるんですね。こんなふうに、父と子が同じ事業に携わるという文化は、大和にはありません。大和は、父が一方的に上から命じて、子供に何かをやらせます。大和が大軍で攻め入ってきて、出雲に「国譲り」を迫った時も、この国のリーダーであるオオクニヌシは、自分だけではなく2人の息子の意見も聞いてくれって言います。このあたりの、合議の考え方が、とても興味深いんです。

そもそもなぜ大和が出雲に『国譲り』を迫ったかというと、大和はこの日本に二つの政権があることが気にくわないんですね。でも、出雲にはそういう考えはなく、全く意に介していない。「どうして?」って感じなんです。けれども大和は、どうしても権力を一本化したい。そこで、出雲に使者を送ります。

最初の使者は、出雲の合議を見て、「こんな無秩序なところには手を出さないほうがいい」と言い、大和に帰ってしまいます。この使者は、支配者がすべてを一人で決めていく大和のやりかたとは違い、みんなが集まって意見を述べ合う出雲の合議を理解できず、これを無秩序と判断したわけです。

2番目に送られた使者は、最終的には大和に帰らず、出雲に住み着いてしまいます。きっと、ゆったりした出雲が、居心地良かったんでしょうね。3番目の使者 に及んでは出雲のお姫様と結婚してしまい、ここまで来ると大和も、「もう堪忍ならぬ」いう感じで、策を講じます。大和は、ナキメという鳥を使者として送り、3番目の使者を騙してそのナキメを殺させます。そして、「使者を殺された」というを開戦事由を手にして、出雲に大軍を送むわけです。

人間って本当は、戦争がしたくてたまらないなんてことはないと思うんです。だから、戦争が起こるときにはたいてい、そこに謀がある…。たとえば、ベトナム戦争のトンキン湾事件とか…。

ところで、出雲の支配権を大和に譲るべきかどうかを問われたオオクニヌシの息子たち、どう答えたかと思いますか?

コトシロヌシノミコトは、今でいう草食系の文官なので、「大和の言うとおりにしたほうがいいと思います」とか言ってさっさと隠れてしまいます。もう一人の息子、タケミナカタは武神なので一応戦うのですが、すぐに負けて諏訪に行ってしまいます。そして結局オオクニヌシは、「隠居所建ててくれるなら…」などという感じで、いともあっさり、出雲の国を大和の譲ってしまいます。


こうして出雲を征服した大和は、その頃、中国の文化を盛んに吸収していた時期でした。そのため、まず暦を作ります。中国のやり方に倣って、時間を支配して支配権を確立しようとするんですね。なのに、12か月のうちのまるまる1か月を、征服した出雲に捧げてしまうんですね。神無月です。「日本中の全部の神様が出雲に行ってしまうという月」を設けるなんて、不思議ですよね。なんで征服者である大和が、被征服者の出雲に対してこんなことするんだろう?…そう思ったんですね。

多分大和は出雲に対し、「支配権は獲得したけれどモラル的には負けた」と思っていたと思うんですね。大和の支配を受けていても、精神的優位性は出雲にあったというか、権力と権威の分離というか…。出雲の権威を認めていたからこそ、八百万の神様たち、つまり当時の豪族の長たちが、さまざまなことを 決めるため、出雲に集まって行ったのだと思います。

実は、こういう物事の決め方は、アフガニスタンで今も続いている「ジルガ」や、アメリカ先住民族の「ロングハウス」での合意の決定方法と、全くおなじなんです。

たとえばアメリカの先住民族の人々は、何かを決定する必要が出ると、「ロングハウス」と呼ばれる大きな家を建てて族長たちが集まり、全員の合議が得られるまで、何ヵ月も座って話し合ったといいます。現在のアメリカの合衆国憲法も、その半分は先住民の掟を基にして作られているし、大統領選も、コーカスと呼ばれる話し合いと投票のシステムを基にしたものです。これは、一言でいえば全員合意を簡略化した方法なんですが、世界でも他に類を見ない選出方法なんです。そしてさらに、こういう合議制のことをたどって調べて行くと、これって、モンゴロイドの伝統なんですね。このあたりが、すごく面白いと思います。

この視点でもう一度出雲を見てみると、出雲は、大和に政権を明け渡す前も後も、みんな集まって話し合う伝統を尊んできました。実は、八百万の神様が集うための長い長いお社が、出雲大社にありますが、これまさに「ロングハウス」なんです。

このような出雲神話から、私たちは、民主主義と平和主義が、実はコインの裏表なのだということを知ることができます。対立しあうものの中でどちらかに決定しなくてはならない時、人には二つの方法しかありません。殺しあうか話し合うか、このどちらかです。つまり、「話し合い」という方法を選ぶこと自体が、自動的に「平和主義」ということになるんですね。

私たち日本人は出雲神話の中に、一部分ではあるけれど、そういう平和主義の伝統を持っている…そのことを思い出してほしいと思います。

今も実際に出雲に行ってみるとわかるんですが、出雲の人たちはおしゃべりがとても上手です。出雲言葉自体がゆったりしていて、お喋りするに向いてはいても喧嘩するには向いていないのですが、こんなところにも、『争わず、おおらかに構える』という出雲気質が受け継がれているが感じられるんですね」

私たち日本人がその文化の根底に持つ出雲神話。そして、その中にある見事な平和主義。この考え方を、今の政治に活かせたらいいのに…。たとえば、今回の政権交代で野党になった自民党が、オオクニヌシのようにおおらかに構えるとか…。最後にそのあたりのことを、池田さんに伺ってみました。

「自民党は出雲に学べ、ですか?でも、野党になった以上、自民党の仕事は、与党である民主党にしっかり意見することですから、現代においては、オオクニヌシみたいにおおらかに構えていただいては困ります。今現在の政治と直接出雲神話を結び付けるのは難しいですね。基本的にアメリカと争う気はない、という民主党の姿勢は悪くないと思いますけれど、とにかくマニフェストを守って実行することに全力を注いでいただきたいと思いますね。特に、外交でブレないで欲しいです」

池田さんがおっしゃる通り、現在の政治に直接、「出雲の合議」を持ち込むことは不可能でしょう。けれども、こういう「争わない姿勢」を根底に持って意見を戦わせれば、単なる対立ではない何かが生まれる…。池田さんのお話をうかがっていたら、ただ憂えたり闘ったりするだけではない、建設的な危機意識の持ち方がわかったような気がしました。

 

なお、池田さんがご自身のブログに連載でお書きになられた『出雲幻想』、皆さんもぜひお読みになってください。
リンクは、以下の通りです。
池田佳代子ブログ(トップ)
  1. 出雲幻想(1) 日本の古代民主主義
  2. 出雲幻想(2) ベーリンジア平和主義
  3. 出雲幻想(3) 出雲と大和 開戦の事由
  4. 出雲幻想(4) 「イズモクラシー」

余談ですが、こんなに興味深く奥深い内容の記事が、池田さんのブログの中ではアクセス数がワーストワンだったなんて、全く信じがたいことでした。

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